まゆりん気まま日記

医療ネタ中心ですが、日々思うことや心のアンテナに引っかかったことなど、 気ままに綴っています。

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Category :  医療・健康
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がんという病気のことを知れば知るほど運命論者になっていくワタシ。

同じような進行度でがんが発見されて同じような治療を受けても一方は治癒し一方は進行してしまうことや、データから言えば十分に治癒が望めるようなところで治療をしてもその中に必ず治らない人がいる。

もちろん、がんのタイプやその人の持つ遺伝的な要素や身体的要素、もしかしたら性格や生き方まで厳密に解明したデータを集めれば多少の傾向はわかるかもしれん。
でも、それでも、たぶん、解明しきれない何かが残るような気がする。

そうなると、治るか治らないかは運命とか持って生まれた寿命とか、そういう訳のわかんないものでくくってしまおうと、思ったりしてしまう。ま、適切な治療を受けたとしても・・・の話ではあるけれど。

ところが、だ。

なぜか、がんで生を終えることはどこか途中で奪い取られたような気持ちになったりすることが多いようだ。
若い人ならもちろんだけど、たとえ高齢だったとしても、がんで死ぬということはなぜか、志半ばに病に倒れる・・・ような思いが残る。

どんなにお年を召した方であっても、「がんで命を落とす」ことは納得がいかないと感じてしまう気がする。残されたご家族には特にそういう思いが強いと感じる。

いつか、必ず人は死を迎える。それは自明のこと太古の昔から変わらぬ事実。人間の死亡率は100%、わかっているはずのことだけど、がんで死ぬことはなぜかちょっと違うと感じてしまうのはなぜなんだろう。

父は、68歳でその生を終えた。平均寿命から言えば少し短いし、健康バリバリの元気だった父だけど、たったひとつの病で1年のうちに急速に年を取りその命を閉じた。
でも、私は父の死は自然死に近かったように思っている。それはたぶん、膵臓がんという手強い相手にあえて挑戦せず、治療によって体力を消耗することはせず、父の運命に必要以上の手を加えなかったからなのかもしれない。

でも、自分がその立場に立ったとき、同じようにできるだろうか。まったくもって自信はない(~_~;)
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テーマ: - ジャンル:心と身体

コメント

同感です
がん運命論? 私もそれに近い考えです。
この春他界して知人は、肺がんが分かった時、すでに多臓器に転移しており、最初から完治は望めないことが分かっていたからか「このまま普通に暮らしたい」と、治療は一切断っていました。多少咳き込む以外は元気そのものでしたので、抗がん剤治療で苦しんでいる仲間たちからは『希望の星』と言われていました。1年半後、急に悪化して残念な結果に終わったのですが、半年余が過ぎた今、奥様は『治療を受けていれば、もう少しは・・』という思いがあるようです。奥様の気持ちも十分わかります。でも、彼は彼でよかったのだとおもいます。
「父の死は自然死に近かったように思う」といわれるまゆりんの胸の内、分かるようなきがします。
2006/11/22 21:05URL  マーモット #-[ 編集]


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