まゆりん気まま日記

医療ネタ中心ですが、日々思うことや心のアンテナに引っかかったことなど、 気ままに綴っています。

佐々木七恵さん、直腸がんで逝く


マラソンランナーの、佐々木七恵さんの訃報を新聞で知った。

私と同じ年代、直腸がんだったという。

たまたま観たテレビの番組の中で、「適切な治療を受ければ、一番治りやすいがんなのに…」という発言に引っかかった。

確かに、適切な治療が必要なのは当然のこと。だけど、適切な時期に適切な治療を受ければすべてのがんが治るわけではない。もちろん、適切な治療をきちんと受けることが完治への最善の道だということに異論はないのだけれど、でも、やっぱり引っかかる発言だと私は思った。

直腸や、大腸がんは、他の多くのがんと違うところがある。それは、肺や肝臓などの多臓器に転移を起こしたとしても、転移した腫瘍を手術で切除することで、再び完治を目指すことが可能な場合があることだ。もちろん、転移のしかたによっては、切除しない、あるいは、できないこともあるけれど…

でも、適切な治療を受けたらがんが治り、がんが治らなかったのは、適切な治療を受けなかったからだと誤解してしまう人がいるのではないだろうか。適切な治療を受けたから、きっと治ると信じる人を否定するつもりは全然ない。そうじゃなくて、たとえば、大切な人を失った遺族の中に、ちゃんとした治療を受けさせていれば失わずにすんだのではないかという、後悔を大きくしてしまうこともあるんじゃないだろうかと思ったのだ。


佐々木七恵さんの御病気がどのようながんだったのか、私は知らないから、憶測でものを言うことは控えなくてはならないけれど、ちゃんとした治療を受けたけれど、治ることが叶わなかったのかもしれないと、そう思う。

がんんはその罹患者数からいえば、決してめずらしい病気ではなく、だれがいつがんと出会うかなんてわからない。そして、ちゃんと治療すれば治るという、そんな保障はどこにもない。だから、どんなに早期でもどんなに苦しい治療を乗り越えても、不安はゼロにすうることは難しい。

私の身近な人に、つい先日直腸がんが見つかった。手術を間近に控え、ゼロにはできない不安と向き合っているかもしれない。完治への可能性を最大限にする治療を選び、それに臨むその人に私ができること、それは祈ることと願うことだけかもしれない。

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  1. 2009/07/01(水) 23:59:19|
  2. 医療・健康
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がん哲学外来


順天堂大学病院に、がん哲学外来を試験的に設置するというニュースを見たのは、去年のことだったと思うけどかなり興味を惹かれた。

その名前を聞いて、「なるほど」と思ったことを覚えてる。

22日、その外来を始めた樋野先生の講演を聞いた。

病理学者としてがんとはなんぞや、みたいな話も興味深かったのだけれど、

〇何を言うかじゃなくて誰が言うかだ
〇ただ、話を聞くだけじゃなくて、言葉をあげる

というふたつのことには思わず賛成!と手をあげたかったよ。

「何を言うかじゃなくて…」というのは、つい4・5日前のこのブログに私自身も書いた言葉だったからだ。
たとえば、「がんと言われて不安なんです」とだれかが言ったとして、「そうですか、不安ですよね」と相槌を打ってくれる相手が、元気100%の人だったら、申し訳ないけど「あなた何がわかるのよ」と心の中でつぶやいたという人は多いわけだ。

そうかと思えば、たとえ同じことを言ったとしてもたとえば専門家と言われる人が言うのと、素人が言うのとでは、受け手の感じる言葉の重さやありがたいと思う気持ちは、全然違うわけだ。

でも、私は、その「誰が」というとことに、それを言ってくれる人の背景や属性や立場とか、そういうんじゃなくて、「ひと」としてどんな人が言ってくれた言葉なのかで、重さを感じたいと思ってる。


それから、もうひとつの「言葉をあげる」ということ。

対人支援にはいろんな形があって、カウンセリングというはその支援の方法のひとつ、と私は理解しているのだけれど、その人の中にある答えを見つけるためのプロセスにつきあうというイメージ。

私もボランティアや仕事でがん相談という形で支援活動をさせてもらている中で、自分のしていることはまさに「その人の中にある答えを見つけるプロセスにつきあう」とことだと思ってた。でも、どこか、それでは少し足りないんじゃないかと思ってもいる。

もちろん、答えはその人の中にあるということは絶対的な基本ということに変わりはないし、「話を聞いてもらっただけでも楽になった」と言ってもらえたらそれでよいのかもしれないけれど、でも、その人の中にある不安や恐れと向き合って過ごす時間を、ほんの少しでも和らげられる何かを一緒に考えたり小さな拠り所になる言葉を一緒に見つけたいと思う。

樋野先生が、講演の中で、ただ、話を聞いてあげて、そこでは、ああ良かったと思うかもしれないけど、家に帰ってまた一人になったら、同じことで悩むに決まってるから、やっぱり支えになる言葉や拠り所になる言葉をあげるんです、ということを言っていたけど、私もそう思うのだよ。

私は、不安や恐れや哀しみを和らげるためのよりどころになる言葉をたくさんの人からもらい、私の心の引出しに大事に入れてある。樋野先生のようなわけにはいかないけれど、私は私なりに、言葉をあげられるようになりたい。

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  1. 2009/06/25(木) 00:32:26|
  2. 医療・健康
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理解のギャップ


医師から患者への説明は、以前よりずっと丁寧になったと思うし、自分の病気について情報を集めたり勉強したりして、少しでも医師の説明を正しく理解しようと努力する患者さんもすごく増えてると思う。

10年前、自分の病気についていろいろ調べたり情報を集めて、医師ととことん話し合って自分の治療を選択しようとした私のような患者は、まだ私が住んでいる田舎(笑)ではそう多くはなかったように思う。主治医はそんな私を嫌がることもめんどくさがることもなく、むしろ医療の不確実性も含めてとことん対話してくれた。主治医も十分に説明をしてくれたし、私も主治医の話を正確に理解するだけの準備があったと思う。だから、十分に納得した治療を選んだと思っているし、自分の選んだことに対して何の後悔もないと今でもきっぱり言い切れる。


多くの患者さんやご家族は医師との対話に悩んでいる。患者さんが話す医師の話と実際に医師が話したことが全然違っていることがびっくりするほどある。会話そのものがうまく機能しない関係が原因と思われる場合もあるけれど、そうではなく、医師が、患者さんはこんなふうに理解しただろうというものと、患者さんが理解していることが全然違っていることが多くあるのだ。

もちろん、そこには、いろんな原因があるだろう。医療者と患者の知識格差というのがよく言われるけど、それだけじゃない気がする。しっかりと自分の病気について勉強し準備して医師の診察に臨んだとしてもうまくいかないことがある。

まったく同じ言葉でもそれを言う人の言い方や気分や態度で、受けてがまったく違った意味や逆に解釈することだってあるからだ。

ちゃんと話したと思っていることと、意図したとおり理解されたかってことは時に一致しないものなんだよなぁ。だから、一方的に話して終わりじゃなく、今の話をどう理解しましたか?っていう確認が必要な気がするよ。



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  1. 2009/06/16(火) 22:24:09|
  2. 医療・健康
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世の常だけど…


その人が何を言うかではなくて、その人が誰なのかということのほうが、聴く人にとっては重要だったりするものなんだなと思うことがたくさんある。

同じことを言ったとしても聞いてもらえる人と聞いてもらえない人がいるし、同じことを言ったとしても誰が言うかによってその言葉の重みも真実味も違ってくるものらしい。

それが世の常ではあるけれど…。

それでも、言い続けること、しかないんだろうなぁ。疲れるけど…。

テーマ:医療・病気・治療 - ジャンル:心と身体

  1. 2009/06/15(月) 23:22:50|
  2. 医療・健康
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ちゃんと聴く


NHKのプロフェッショナルというK番組に、聖路加の中村清吾先生が出ていた。

乳がんの患者さんで彼の名前を知らない人はいないのではないかと思うほど有名な医師だ。私も、友人のセカンドオピニオンに同行して中村先生の診察室を訪ねたことがある。患者の身内ではなく友人である私を含めた3人の同行者も何のためらいもなく診察室へ招き入れてくれたし、ICレコーダーの録音にもいやな顔ひとつせず同意してくれた。

診断の根拠も丁寧に説明し、患者である私の友人が一番大事にしたいことに耳を傾け、不安に思っていること、疑問に思っていることのひとつひとつに真摯に答えてくれたことを覚えている。

番組の中で、聖路加の患者さんが「偉い先生なのに偉い先生にありがちなところがなくて、とても気さくで話しやすい」ということを言っていたけれど、どんな思いやどんな志をもって日々患者と向き合っているのかを番組の中で語るその言葉やその話しぶりを見ていてもなぜこんなに多くの患者さんが彼の診察を願うのかがわかる気がした。

診察室でも病室でも乳腺チームのカンファレンスでも穏やかな中村医師が番組の中で一度だけ若い医師を叱る場面があったのだけれど、それは、痛みに関する情報が患者自身の訴えと若い医師からの報告では違っていたからだ。中村先生は、「3分ちゃんと聞けばわかるはず」と、もっと患者の話をしっかり聞くよう指導していた。

患者は、医療者が思っているほど自分のことを語らない。痛みや思いをありのままに上手に伝えられない人は多いと思う。だからこそ、医療者がリーダーシップをとって患者の声を聞きだす努力も必要と私も思う。ただ、聞くだけじゃなくて、「訊く」ことや「聴く」ことが大事なんじゃないかと思う。

テーマ: - ジャンル:心と身体

  1. 2009/06/10(水) 21:28:43|
  2. 医療・健康
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