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NHKで、がん体験者の話を聞けるサイトを紹介していた。
私の知っている人も登場しているので前から時々見ていた。乳がんと診断された12年前、病気に関する情報は比較的すぐ手に入ったけど、乳がんを経験した人の話が聞きたいと強く思った。有名人や闘病記に登場するような特別な人(と、その頃は思っていた)ではなく、自分と同じようにごくごく普通の人、自分と同じように比較的若い年齢で乳がんになった人たちが、今どうやって暮らしているのか、どんなふうにこの不安と向き合っているのかを知りたかったのだ。でも、実際にはなかなかそういう人は身近では見つけられなかった。
「乳がんホームページ」というサイトを見つけ、初めて自分と同じような普通の人で乳がんを経験した人の言葉に出会った。そして、掲示板で多くの人たちの話を聞いたり、自分の不安を書き込んだりしたことがその時の私を支えてくれる大きな力となった。だから、私も自分の体験をホームページで綴ろうと思った。
がんの相談を受けるようになって10年。仲間として思いを分かち合う相手や、がんを経験した先輩患者と出会うチャンスに恵まれず治療中も治療が終わってから何年も辛い思いを一人で抱えてきた人たちと出会うたび、どれだけ苦しかっただろうと胸が痛む。
「健康と病の語り ディペックス・ジャパン」
たくさんのがん患者やご家族の力になりますように。
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昨日の午後、突然身体に異変が起きた。
3年ほど前からかかりつけにしている近所のクリニックに飛び込み症状を訴えた。
Ma:お昼くらいから、頻尿、排尿痛、血尿も出ました、はい。
Dr:あらら・・・お水をたくさん飲むのが一番。お茶でもジュースでもビールでもなく真水ね
4日分抗生剤を出しておくから
Ma:ありがとうございます。
Dr:膀胱炎は、真夏と真冬に多いんだよね・・・
3分ほどで診察を終え、クラビットをもらって帰った。
普段あまり水分を取らない私だけど、そりゃ、一生懸命飲みましたよ、麦茶を(^^ゞ
お水はあまり好きじゃないんだよね(^_^;)
トイレに行くたびに、鳥肌が立つほどの痛みに、10年以上前にも一度あったなぁ、あのときは薬飲みながらバレーの試合に出たんよなぁ・・などと思い出しつつ「痛てぇ〜」と呻いたけれど、夜には痛みと血尿はほぼ収まった。
症状は強烈だけど、きちんと治療すれば大事に至ることはない日常的な病気。
進行するまでほとんど症状らしいものを自覚することのない「がん」の特徴のひとつ。脅威は静かに静かに身をひそめていたりする。
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60代半ばに見えるお父さんと40代前半くらいの娘さん。
お父さんは、黄疸のために全身が黄色に染まり、娘さんは努めて平静を装い、静かに二人は私の前に座っていた。今後のことについていくつかの質問をし、私はそれに答えた。お父さんの表情には、少しの苛立ちと悔しさがあり、娘さんには深い悲しみが見えるようだった。
二人とも心に思いをしまい、淡々と私たちは会話した。
部屋を出る二人を見送りしばらくの間私は二人の背中を見ていた。娘さんの手がお父さんの腕をとり、支えるように共に歩いていくその姿は、10年前の父と私の姿に重なり、のどの奥がつーんと熱くなった。
どうか、あの二人に少しでも長く穏やかな時間がありますようにと、こぼれおちそうな涙を飲みこんだ。
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「あなたの病気はがんです。かなり進行していて治すことは難しいので緩和ケアをお勧めします」
ある日突然、こんなふうに医師に告げられたらどうするだろう。
こんな場面に自分が直面することを想像し、大切な人、失いたくない人がこう言われたらどうしようと、私は幾度も考えてきた。それは、ずっとずっと昔から何度も繰り返し続けている自分への問いかけだ。
実際に、余命を含めた父のがんの告知を私一人で受けた時、それまで考え続け自分なりに勉強してきた知識や、集めてきた情報をもとに、さまざまな選択をどうにかし続けていった。もちろん、こころは破れそうに苦しかったし、ひとつひとつの選択はどれも苦渋の選択だったけれど、相談できる場所もあったし、支えてくれる人がたくさんいたから、あの辛さに耐えられたと今も思っている。
だけど、ある日突然想像もしていなかった厳しい現実を突き付けられたショックや不安を聞いてくれる人もなく、相談できる場所も見つけられなかったとしたら、私たちはどうしたらいいのだろう。医療では希望のかけらさえ見つけられなかったとしたら、根拠のかけらさえない怪しげなことに望みを見出そうとしてしまうことだってあるだろう。
だからといって、だ。
嘘でもいいから、治ると言ってくれる人がいれば信じたいと思う気持ちに付け込んで、がんに効くなどと高価なものを売りつけたり、そっちの病院は方位が悪いから行っちゃだめとか無責任なことを言ったりするのは本当に許しがたい。
許しがたいとは思うけれど、それを信じることでしか辛い現実の前に立っていられない患者や家族がたくさんいることも確か。せめて、診察室を出て病院の玄関から出る前に、受けた衝撃の大きさを分かち合ったり、支えたいと願う人と出会える場所があってほしい。拠点病院に設置されているすべての相談支援センターがそういう場所であってほしいと思う。
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がんに関する相談ごとの中に、どうやって治療を選べばいいかわからないということがある。
初めてがんと診断されたとき、再発がわかったとき、あるいは、がん治療そのものが難しくなったとき・・それぞれの場面でさまざまな選択を私たちはしなければならない。
リスクやベネフィットは説明を受けた、でも、どうやって選べばいいのかわかならい。いっそ、医師が決めてくれたらいいのにという声も多く聞く。
医療は不確実なものであり、約束された結果はないに等しい。どんな治療も、ある意味やってみなければ、自分にとって結果が望ましいものになるか望まぬ結果になるのかは、だれにもわからない。決めるのは自分自身でしかないとわかっていても、選ぶ根拠が見えなければ選びようもない。
データが少しでもよいものを選ぶ根拠にする人もいるだろうし、経済的な理由が選ぶ根拠になるひともいるだろう。
いずれにしても、自分がどう生きたいか、どう暮らしたいか、あるいは、どんな時間を過ごしたいかという生き方、人生観を抜きにはできないことだと私は思う。であれば、「私は、こんなふうに生きたい」「私は○○を大事にしたい」そうするには、どんな治療が私にとって望ましいでしょうか、と、そんなふうに医師に相談すれば、もしかすると、「では、あなたにとっては、このような治療が良いのではないですか」と提案してもらえるかもしれない。
大事なのは、病気そのもの、治療そのものを理解したりすることだけじゃないような気がする。
医師とのコミュ見ケーションが上手な人というのや、自分の思いや願いをうまく伝えられるひとなんじゃないだろうか。




